目が覚めている。
しばらくしてアレンはその事実に気付いた。頭ががんがんと鳴り響く。一定の速さで音を刻む時計の針の小さな音でさえ、頭痛を訴えてくるものがあった。水を飲むためにソファから起き上がるのさえも面倒臭く(その日のアレンの気分はベッドに入るのを意味もなく拒否していた。布団で寝る習慣のない西洋人に残された選択はソファのみ)、だらんと腕を投げ出して落ち着かせようと長く息を吐いた。
自然と、手の方へと目を向けることになる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何してるんですか。」

そこにはいないはずの何かがもそもそと気持ち悪い動きでベッドから這い出てきたのを見て、アレンは呆れ半分驚き半分の低い声で言った。

「・・・水くらい飲めばいいじゃん。」

それは言う。

「人の心勝手に読まないでください勝手に入らないでください勝手にしゃべるな。」
「え、ちょ、何最後の!?」
「あー・・・頭痛い・・・。ラビ、今すぐ、出て行ってください。」

ごろんと寝返りをうち、ラビに背を向ける形を取る。ぱたぱたと飛ぶティムキャンピーの音がうるさく感じたのか、アレンはそれを手で掴むと、自分がかけている布団の中へ乱暴に入れた。

「はいはい。」

ラビは立ち上がって冷蔵庫へ向かう。半分以上残っているミネラルウォーターを氷を入れたグラスへ注いだ。

「ほれ。」

水とそれからひんやりと冷やされたタオルをアレンへと渡す。あー、ありがとうございます、と可愛くない声で言いながら、アレンはそれを受け取った。グラスへ口付けてそれを二口飲み、残りの水をタオルに向かってじゃばじゃばとかけた。そこは水道ではないのだから当然。

「あのアレンさん水が床に広がっていくんですけど。」

ばしゃ、からからからからん。コン。氷ももちろんフローリングのデコレーションの一部へと変化した。
びちゃっと大きな音がして、ラビがアレンを振り替えると、絞っていない、水を大量に含んだタオルを額に乗せて目を閉じている少年がいた。顔や髪を伝って雫がぽたぽたと降りて行く。
雫が作る、ソファの染みをアレンの手を取ってそれでなぞる。何も反応を返さないアレンに、ラビは少し調子に乗って床に落ちた氷を意味もなく握らせてみたら、顔面にそれをお見舞いされた。

「らび、あたま、いたいです。」

アレンは小さく、しかしはっきりそう述べた。

「うん、俺も今顔面に氷食らって結構痛い。」

ラビは少し先程の反撃をささやかながら試みてみた。

「なんか、どうしようもなくいたいんです。」

無視された。

「・・・・・・んー、で?」
「て、にぎっててもらえますか、ちょっと、でいいから。」
「ん、おっけ。」

きゅ、と氷とタオルの冷たさで冷えきったアレンの右手をラビは握った。
ぽたぽたぽた。
水は相変わらず止まることなく流れている。

「・・・最近よく、頭が痛くなるんです。」

アレンから紡ぎだされる言葉が、静かな部屋に凛と響く。

「アレンて、頭痛持ち?」
「そうですね、割と。でも、理由はわかってますから。」
「そうなん?」
「いやなことがあると、なるんです。むかついてむかついてあまりに腹立たしくていっそ死んでくれればいいのにとか思っていると、頭の血管の一部が切れたみたいに痛くなるんです。」

いけしゃあしゃあとアレンは言う。続いて、この間まではなかったんですけど、ここ一週間くらい、そう言う。ラビはそれにどう返事を返せばいいのか頭で答えを出すことができず、あー、とテキトーな返事をした。

「大体は師匠のせいだったんで、教団に入ってからはほんとに減っていたんです。」

光のほとんど入らない、真っ暗な闇の中で子供は語る。

「いつもいつもいつも。人の気も知らないでひたすら自分の好きなことするんですよ、あの人。僕の存在なんかわすれてるんじゃないかってくらい。もういっそ死んでくれないかなとか考えてました。でもよく考えてみたら死なれても困るかなとか思ってみたり。けどやっぱり最大多数の最大幸福を考えると死んだ方がいいに決まってるなという結論になったんですけど。」

ラビはぼんやりとアレンを見ていた。少年の言っていることなど半分も聞いちゃいない。頭が痛いと訴えたはずの少年は病人には似付かわしくない声のトーンで止まることなくしゃべっていた。
お互いの手だけは繋がれたまま、てんで別の世界に入り込んでいる。
淡々と、アレンは語る。彼は確かに頭が痛いと言った。ラビには到底理解のできない理由で、アレンは頭が痛くなるのだと言った。昔はしょっちゅうなっていたと言った。しかし最近はなくなっていて、久しぶりになったと言った。

何だろう。

ラビは考えた。

何か、何かとてつもないものを見落としているような。

「なぁ、アレン。」

ラビが言うとアレンは緩慢な動きで首を彼の方へ向けた。

「・・・何ですか?」

「今回は別に元帥のこと考えてたわけじゃないんだろ?何、考えてたんだ?」

最後の審判を待っている、罪人のような気分だとラビは思った。
結果がわかりきっているが故に、感じる時間のタイムラグ。聞かなければよかった、なんて定番なことを考えてみたりして。それからゆっくりラビはアレンの目と向き合った。

ああ、アレンは口の端を綺麗に上げた。






「あなたのことだけを、考えてました。」






天使のような少年は綺麗な笑顔でそう言った。






ベールの裏側






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